地獄からちょっと這い上がる

某私立大学を除籍→再入学→留年、さらに極貧という地獄のような経歴を持つ元セミプロベーシスト、現遊園地スタッフの心の叫び。

僕のクズキャリア~始まりは小5の腹痛~

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こんにちは。毎日グレープフルーツジュースを飲んでたら職場の女性に嫌われた出雲ジロウです。写真は僕です。

 

僕は大学を中退したり再入学したりバンドを入脱退したりバイトを転々とする、一時期はスロットに溶かしていたクズなんですよね。

親不孝のノウハウでも書いたほうがいいんじゃないかってレベルです。

そんな僕がいつからクズとして開花したのか考えてみたらかなり昔だったので少しずつ書いていきます。

 

 

 

腹痛がすべての始まりだった

 

僕は昔から体が強くなかったんです。心房中隔欠損症という心臓に穴が空いている病気にかかっていたこともあります。

そんな僕を両親は甘やかしました。辛かったら学校を休めとか言われてましたね。やりたい習い事はやらせてもらったし4人兄弟で一番のワガママ大将でした。

そして器用貧乏で、ある程度やるとそこそこできちゃうタイプでした。

 

そんな僕ですが学校は楽しかったので滅多なことがないと休まなかったんです。

ですが小学5年生のときにクズターニングポイントが来ました。

死ぬほど仲の悪かった菅原君というクラスメイトと席替えで隣の席になったことです。

それから僕は登校するのも億劫で、ストレスを感じお腹が痛くなることが多くなりました。病院で診断してもらい、過敏性腸症候群という下痢と便秘を繰り返す病気にかかっていることがわかりました。

親は病弱な僕を心配しますし僕は僕で家で漫画を読んだりがんこちゃんを見たりして僕の甘えには拍車がかかりました。

次第に僕はお腹が痛くないのに学校を休むというサボりを覚え始めたわけです。

 

 

当たり前になったサボり

 

僕の中でサボりは日常の一つになっていきました。

行きたい時に学校に行く。休みたい時は休む。

当時はプレステ2があったのでKHシリーズやパワプロシリーズをやりまくってました。

 

そしてそのうちサボることに罪悪感を覚えなくなったのです。

当たり前のようにサボり、親が仕事に行ったらゲームを始める。

眠くなったら寝るし作りおきのお昼ご飯を食べる。

兄弟が帰ってくるまではそんな生活。

1週間に1回はサボってましたね。勉強はできた方なので遅れをとることもなかったのがいけなかったんでしょう。

次第に僕は「やらなくてもある程度できる」と思うようになりました。

わがままを言って通わせてもらったスイミングスクールもサボりました。

サボる快感に溺れてたんでしょうね。

ここからだんだん狂っていきます。

 

 

そのまま中学へ・・・

 

サボりグセが抜けなくなった僕はそのまま中学生になりました。

4月頃はみんな頑張ろうって思うんです。僕もその一人です。

中学は皆勤狙うぞとか部活で優秀な成績をとか思うんです。

しかし小学校からサボりまくってた僕がそんなに変われるわけがない。変われるかもしれないけど心は据え置きでした。

 

柔道部に入ってこれまたそこそこ強くなっちゃうんです。

それなりの練習をしてたらそれなりの結果を収めてしまうようになった。

僕はやっぱり自分に激甘フラペチーノですから次第にやらなくなるんですね笑

 

柔道部時代にもたくさんのことがあったので次の記事で書きます。

僕というクズキャリアを少しでもわかっていただくために密に書いていくつもりなので何パートかに分けて書いていきます。

 

明日やる

昨日も言った

あすも言う

 

出雲ジロウでした。