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地獄からちょっと這い上がる

某私立大学を除籍→再入学→留年、さらに極貧という地獄のような経歴を持つ元セミプロベーシスト、現遊園地スタッフの心の叫び。

僕が半ホームレス状態からちょっとだけ這い上がったおはなし

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こんにちは。中古で本を買ったらアンダーラインが引かれすぎて読む気が失せた出雲ジロウです。

 

僕は一年ほど前、リアルにホームレス生活をしていました。

当時は苦しくて仕方なかったですが今は経験として笑って話せます。

半ホームレスとは僕の中での言葉なのですが、

 

 

半ホームレスとは

 

  • 家賃しか払えない、または滞納している
  • ライフラインは止まっている
  • その日のご飯すら怪しい
  • 携帯も止まっている
  • 金を借りることもできない
  • 売れるものは全て売った

 

みたいな状況ですね。

家とは屋根と壁のある寝床、または住所があるだけの場所でした。

実際のホームレスからしたらかなりぬるいかもしれませんが若干二十歳のお上りさんの僕には心に闇が生まれても仕方なかったですね。

そんな生活は3ヶ月ほど続きました。

 

なぜそうなったのか

 

僕は当時めちゃめちゃバンドをやっていてそれがすべての生活でした。

並行して居酒屋のバイトもやっていたのですがこれがブラックすぎて胃潰瘍になりました。笑

バンド費、通院費、生活費と重なって働くこともできなくなったのです。

親には「上京するなら仕送りはしない。貧乏を経験しろ。自分で生きろ。」と言われたので頼ることもできず。

泣く泣く少ない貯金(原付が欲しかった)を切り崩し底をつき、最後の千円をジャグラーに突っ込んで半ホームレス生活のスタートというわけです。

 

どう生きていたか

 

まず水は公園、または大学からペットボトルで持って行ってました。

人がいなくなる時間を見て頭も洗いに行きました。

10~12月頃だったので寒すぎて泣きました。笑

友人の家の風呂を借りることもありました。

 

電気は僕に必要なかったのですが時計もないので大学から携帯電話を充電していました。

 

食事に関しては日銭を稼いでおにぎりやパンを買ってしのいでました。

もともと体が大きめだったのですがそのおかげでワンサイズ小さくなりました。笑

 

連絡や通信に関しては何もしていません。

携帯電話が復活するまで誰とも連絡を取らなかったし必要であれば交番や公衆電話を使いました。

もちろん携帯電話が使えないので日雇いのバイトにも登録できないし交通費がないので職安にも行けませんでした。毎日数百円で生活していたわけです。

 

今思えば考えられない生活ですね。江戸の方がいい生活なんじゃないでしょうか。

死ぬこともちょっとだけ考えました。

 

どうやって這い上がったのか

 

そんな生活を続けていた3ヶ月目、首都圏内に住んでいる姉が僕の自宅に乗り込んできました。

「電話が繋がらないから何かあったのかと思って」とのこと。兄弟ってすごい。

そのときは本当に死ぬ間際でした。誰とも接触せず、保存食を求め歩き回るような生活でした。若くなかったら死んでいたかもしれません。

当時のことを姉に聞くと「本当に知らない人かと思った」らしいです。

 

僕はそのまま姉宅へ連行されました。

姉は結婚していて旦那さんは僕を子供の頃から本当の弟のように可愛がってくれてました。

当時の僕を見た義兄はガチで泣いてました。「ここまで頑張らなくていいのに。甘えればいい」と言ってくれました。

そして姉宅の風呂を借り、金を借りて髪を切り、携帯を再契約し、とりあえず日雇いバイトに登録し、生活を整えて僕は遊園地のお兄さんになりました。

 

姉はお金を返さなくていいと言ってくれていますが僕は返さないと気が済まないです。

あれだけ助けてもらったのにこれ以上迷惑をかけることはできないですから。

 

一度地獄を見たら二度と戻りたいと思わなくなります。

無理をして働けなくなる、趣味が生活の中心になってしまうことは怖くなりました。

 

僕が自力で這い上がったというよりも姉夫婦に地獄から引き上げてもらったことになります。

それでも僕はまだちょっとしか這い上がってないので地上に出るまで頑張ります。

 

地獄でも

地上にいても

エロ坊主

 

出雲ジロウでした。だんだん!